【第20回】G1馬だけでは語れない シーザリオが未来へ託した血の系譜(後編)

シーザリオ血統物語

―――母なる名馬シーザリオ
その名を聞くだけで、多くの競馬ファンの胸には、優雅でありながら芯の強い、あの凛とした走りの姿が蘇る。日米オークス制覇という偉業、スペシャルウィークへと連なる日本競馬の至宝の血脈。その血を未来へと繋ぐ使命を背負い、繁殖牝馬として歩み始めたシーザリオは、エピファネイア、リオンディーズ、サートゥルナーリアという三本の“偉大なる柱”を生み出した。

だが、シーザリオの物語は、決してその三頭だけで完結するものではない。
むしろ、その周縁にこそ、血の継承という営みの尊さ、競馬という世界の奥深さ、そして「名牝」という存在の本質が宿っている。

ここでは、あえてG1馬たちの光の影に存在する産駒たちに焦点を当てる。
勝てなかった馬、重賞を手にできなかった馬、種牡馬になれなかった馬、目立つ戦績を残せなかった馬たち――。
しかし彼らこそが、シーザリオという母の物語を“血”として未来へ運んだ、かけがえのない存在なのだ。




シーリア(Celia)

2勝馬として静かに現役を終えた牝馬。
彼女もまた、母の血を未来へ運ぶ器として生きる存在となった。

繁殖牝馬とは、表舞台に立たない主役である。
勝利ではなく、出産によって物語を紡ぐ存在。

彼女の血は、早くも新馬、葉牡丹賞を連勝し、弥生賞2着となったヴィンセンシオによって証明された。

そして、さらに花開く可能性を秘めている。
それこそが、血統のロマンだ。




■ ファーストフォリオ(First Folio)

4勝馬として確かな足跡を残した一頭。
派手な栄冠はないが、競馬の世界で“勝ち続ける”ことの難しさを考えれば、その価値は決して小さくない。

競走馬の99%は、G1を勝てない。
だが、その99%がいるからこそ、G1馬は輝く。

ファーストフォリオは、その現実を静かに体現する存在だった。
初仔は2024年生まれのアドマイヤマーズ産駒。順調なら今年デビューして一族に新たな歴史を加える。




■ ルペルカーリア(Lupercalia)

モーリス産駒として生まれた新世代の血。
現役時代は大きなタイトルこそなかったが、種牡馬としての未来を与えられた存在。

これは極めて重要な意味を持つ。
シーザリオの血が、父系としても未来へ伸びていくという証明だからだ。

母系だけでなく、父系へ。
名牝の血が、系統そのものへと進化していく瞬間。

それはまさに、「血統が歴史になる」瞬間でもある。
モーリス×シーザリオの血がどのような産駒を生み出すのか、未知への期待感に溢れている。




■ テンペスト(Tempest)

ロードカナロア産駒。
新時代のスピード血統と、シーザリオの名牝血統の融合。

まだ物語は始まったばかり。
だが、この一頭が象徴するのは、血の更新だ。

過去の栄光に縛られない血。
未来に適応する血。
それこそが、名牝系の生き残り方なのだ。




■ 結びに

シーザリオの本当の偉大さは、G1馬を三頭生んだことではない。
それは確かに偉業だが、本質ではない。

本質は――
血を途切れさせなかったこと
物語を未来へ繋いだこと
勝者だけの系譜にしなかったこと

勝てなかった馬も、目立たなかった馬も、種牡馬になれなかった馬も、すべてが“血の担い手”だった。

競馬とは、勝利の記録ではなく、命の連なりの物語だ。
シーザリオは、その物語を体現した存在だった。

名牝とは、名馬を生む存在ではない。
血統という思想を未来へ残す存在である。

トゥエルフスナイトも、ヴィオラも、ロザリンドも、クラウディオも、グローブシアターも、セリアも、ファーストフォリオも、ルペルカーリアも、テンペストも――

すべてが、シーザリオという“母なる物語”の一部なのだ。

そしてその物語は、今もなお続いている。
ターフの上だけでなく、血統表の中で。
競馬場だけでなく、未来の牧場で。

シーザリオは、走り終えてなお、
日本競馬を走り続けている。



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