私とシーザリオの出会いの原点は、1998年に行われた天皇賞(秋)にある。11月1日、東京11レース、1枠1番、単勝1.1倍。偶然にしては出来過ぎなほどに並んだ1が象徴するように、サイレンススズカは“絶対”であり結果も1着が必然だった。逃げて、逃げて、そのまま後続を置き去りにする――誰もがそう信じ、疑わなかった。しかし、競馬は時として残酷なまでに真実を突きつける。そのレースは、勝敗以上に「競馬という存在そのもの」を心に刻み込む衝撃となった。
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あの瞬間から25年以上が経った。無数の名馬、名勝負を見てきたが、あの天皇賞(秋)を超える衝撃はいまだ存在しない。競馬は予想するものではなく、受け止めるものなのだと、初めて理解した日でもあった。
その翌週、菊花賞。1番人気はスペシャルウィークだった。結果は2着。しかし、大外から鋭く伸びてくる末脚に、私は完全に心を奪われた。勝ち負けではない。「この馬は、必ず競馬史の中心に立つ」――そう確信させる何かが、あの走りにはあった。
翌1999年、スペシャルウィークはその期待に応えるように、競馬界の主役へと駆け上がる。天皇賞(春)を3連勝で制し、王道を歩む姿は堂々たるものだった。しかし宝塚記念では、同世代の怪物グラスワンダーに完敗を喫する。絶対王者など存在しない。その現実を突きつけられた一戦だった。
秋、雪辱を期した初戦の京都大賞典でまさかの着外。栄光の裏に潜む脆さ――それもまたスペシャルウィークの魅力だったのかもしれない。だが天皇賞(秋)で鋭い末脚が完全復活し、王者としての姿を取り戻す。続くジャパンカップでは、凱旋門賞馬モンジューを撃破。世界の頂点に立つ馬を、日本の馬が正面からねじ伏せた瞬間だった。
ラストランとなった有馬記念。グラスワンダーとの死闘は、勝敗を超えた“到達点”だった。ハナ差の2着。それでもなお、あのレースは敗北ではなく、競馬史に刻まれた結末だった。
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同じ時代、世界に挑んでいたのがエルコンドルパサーである。日本調教馬として凱旋門賞2着。当時、その年の勝ち馬は2頭いたと言われるほどの熱戦であったが、あと一歩、世界の頂に届かなかったその姿は、悔しさと誇りを同時に残した。そのエルコンドルパサーが敗れたモンジューを、日本でスペシャルウィークが破ったことに、私は強い因縁を感じた。国内と海外、異なる舞台で交錯した二頭の物語は、やがて“血”という形で結実することになる。
スペシャルウィークとエルコンドルパサーは、そろって種牡馬となった。サンデーサイレンスに日本古来の牝系を持つスペシャルウィーク。一方で、キングマンボに母の父サドラーズウェルズという欧米の王道血統を背負ったエルコンドルパサー。スペシャルウィークにエルコンドルパサーの母であるサドラーズギャルを配合させたらものすごい血統の馬が生まれる。この二つの血が交わる時、日本競馬は次の次元へ進む――私は本気でそう信じていた。
その理想に、限りなく近い存在として現れたのが、父スペシャルウィーク、母キロフプリミエール、母の父サドラーズウェルズという配合の一頭だった。クラブ馬としてその名を知った瞬間、私は直感した。「この馬は、特別だ」と。
シーザリオ。その走りは、想像を超えていた。オークスを制し、そしてアメリカへ。日本馬として初めてのアメリカG1制覇。その偉業は、偶然でも奇跡でもない。配合された瞬間から、すでに約束されていた結果だった。
だが、シーザリオの真価は競走成績だけでは終わらなかった。母となった彼女は、新たな物語を紡ぎ始める。
エピファネイア。菊花賞とジャパンカップを制したその走りは、父シンボリクリスエスの力強さと、母シーザリオの気高さを完璧に融合させたものだった。特にジャパンカップでの圧勝は、血統が世代を超えて“答え”を出した瞬間だった。
リオンディーズは、朝日杯フューチュリティステークスで衝撃的な末脚を見せた。気性の難しさと裏腹の爆発力は、まさにシーザリオのもう一つの側面を受け継いだ存在だった。
そしてサートゥルナーリア。無敗で皐月賞を制し、誰もが“完成形”を見たと錯覚した。だが競馬は常に未完成であり続ける。だからこそ、人は血統に夢を見る。
スペシャルウィークから始まった私の物語は、エルコンドルパサーとの因縁を経て、シーザリオという結晶に辿り着き、エピファネイア、リオンディーズ、サートゥルナーリアへと枝分かれしていく。それは単なる名馬の系譜ではない。時間と記憶と信念が織りなす、ひとつの物語だ。
競馬とは、過去を走る未来であり、未来へ続く記憶である。血統とは、その記憶を次代へ託す手紙なのだ。
この物語は、これからも続いていく。



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